ずくなし

「ずく」が無いので庭を走る長野電鉄、183・9系以外あまり出てこないらしい。

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直流急行型最後の力走#1

さて、ダイジェスト版で簡単に触れました21日のしなの鉄道。

毎度お世話になっている方々のお誘いを受けまして、
最終運行を目前に控えた169系のチャーター運転に参加してまいりました。

当日。
前日は夕方から雪でしたが翌日はどうってことねぇ!と寝て起きて仰天。

窓の外が白いw

4月も後半戦突入だと言うのにお天気は雪。
やはりというかなんと言うか、長野市で観測史上最も遅い積雪だそうで。
そんな中ヒ・ダルーマ氏を拾って一路しなの鉄道沿線へ。

当日は戸倉-軽井沢間を撮影列車、往路軽井沢-屋代間を乗車可能な団臨として仕立て、
一日で撮りと乗り両方楽しめる素晴らしい構成。

戸倉-西上田間。
IMGP8691_20130421222351.jpg
この区間は4308M 急行志賀1号としての運転。
志賀ですと屋代で信州のケツにぶら下がる形になります。
が、長野電鉄線内鹿ピョン直前横断による列車障害のため遅延、
屋代で置いてきぼりを食らい追いかけるの図w

じゃあ後ろ3両は何だって?
夢の長野電鉄線内6連運転とか?(全駅はみ出る)
屋代で2台目の信州をケツにぶら下げてきたとか?(大遅延)

IMGP8704_20130423211054.jpg
坂城の運転停車時間で先回りしてもう1発。
さて、日付は4月21日ですが3月、いや2月のような光景。

西上田中線で待避兼撮影会。
IMGP8717.jpg
ここからは306M、急行信州との設定。
上田中線に旅客列車が入線する絵は初めて見ました。

IMGP8716.jpg
各停に追い越される急行w
天気は相変わらず雪。寒くて撮影もそこそこに上田方の踏切へ移動。

IMGP8737_20130423211053.jpg
西上田中線からクネクネと発車。
信越山線が軒並み中線撤去で寂しくなりつつある昨今ですが、
しな鉄はだいぶ残っているので信越線時代の面影たっぷり。

お次は田中駅。
IMGP8769.jpg
こちらも中線で待避。
田中駅は駅そのものが初利用。
昔、EF64が石油タキぶら下げて田中まで来ていたのを、
あさまの車内から眺めた記憶がある駅ですが、
今では石油備蓄設備があった面影も全く無く。

IMGP8767_20130423211049.jpg
海野宿と急行志賀。

IMGP8763.jpg
当日の(個人的)ハイライトその1、回3620M待避。
急行信州、最後の特急退避。
当日の小諸昼寝がN101であればもっと画になったかもしれませんが、
昭和50年代後半生まれには、この国鉄とJRの中途半端な折衷がたまらんのです。
ヘッドマークなしの素ッピン急行なのもたまりません。

さて、走行シーンとしては最後になる田中-軽井沢間ですが、
誰もが恐れたであろう濃霧に見舞われ視界悪し。
線路にへばりつく程度でないと被写体も霧に包まれてしまうので、
妥協の末(?)信濃追分駅で駅撮り。
IMGP8791.jpg
濃霧を貫く急行信州が信濃追分駅通過。
視界は悪いがこの画も悪くない。

特急あさまに乗っていて、横川までは晴天でウキウキで釜めしを頬張り、
矢ヶ崎に辿り着くと濃霧で何も見えない衝撃をよく味わいました。
いや、衝撃と言うより、不気味というか不思議な感覚。
車両は変われどこの濃霧だけはいつまでも変わらない、
軽井沢周辺らしい光景とでも言いましょうか。

撮影列車はここまで。
IMGP8794_20130423215141.jpg
もう動けないのと間もなく動けなくなるの。

レンタカーを返却し軽井沢から乗車へ。
釜めし担いでその2に続く。
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